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2010年 02月 18日

「左様、将軍家にとっては何かと気になるところでな、面白き逸話がある。三代家光公の御代のことじゃが、大聖寺藩主利治公が拝謁した折。父、加賀守は健在かと聞かれ、健勝にして休息をとっておりますと答えると。重ねて問うが、何をいたして休息かと。封土の仕置を専らにと利治公。さらに、家光公問うて、仕置のとき何事を致すやと。利治公、そは、古法を第一に格守せりと。そこで、さらに家光公が追求し、古法のうち何事を専らに致すやと。将軍家の再三の上意に、利治公、古法のうち切支丹宗門の取り締まりを第一とせりと答えるや退出してしまわれたそうだ。」
「利治公も答えに窮された処置故やむなき事。しかし、家光公にはさぞやご立腹であったろう。はて、利常公に続くように、利治公が早去なされたのはそのあたりにあったものか。」
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by hirai_tom | 2010-02-18 01:19

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