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2010年 02月 16日

「その後、キリシタンへの弾圧が始まるということだが、下々への弾圧は意外と簡単なのだが、教養のあるものほどこれがちと厄介でな。大名家や御家老、奥方衆に至っては、厄介千万でな。特に、こちらの加賀様には将軍家もほとほと手を焼かれたと我等はきいている。」
「信長公の意志を受け継ぐは、我が前田家だという変な自負がございましてな。三代利常公に至っては、キリシタンを利用してバテレンの国まで手に入れるが信条とされておられた。三代は、なかなかの御仁でな。徳川家と同じく、嫡男は金沢本藩、二男は富山藩、三男は大聖寺藩と三分藩し、自身は、小松の地に家康公のように隠居を決め込み、次の世を捉えていたとのことだ。将軍家を欺く多め、御前に出られる時は鼻毛を伸ばし、バカ面を決め込んでおられたらしい。」
「成程、それで少し納得がいくわい。あの小松の構えは異国に向かっていたものか。神社仏閣が水路で結ばれ、海路につながる水城ということか。」
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by hirai_tom | 2010-02-16 18:48

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