4-5   

2010年 02月 14日

「拙者の河合姓は伊勢長嶋での姓でな、木曽川、長良川の合流地で曽良という訳だが。実は、出自は諏訪でな、ここには、当時、松平忠輝様が蟄居しておられた。まあ、家康公のお怒りで表舞台から降ろされていたという事じゃが、かっては、鬼っ子として徳川家の中では恐れられた存在だった。何せ、後見人が、金銀採掘で飛ぶ鳥も落とす勢いの大久保長安様でな、これがまたバテレン技術の良き理解者ときている。その上、政宗公の息女いろは姫様が嫁いだことで、これは家康公としては後々の火種を消す必要があった。」
「成程、そのことは十分考えられる。忠輝様は秀頼様ともじっこんの間柄、豊臣恩顧の大名、キリシタン大名が加担すれば再び、天下は二分ということになりましたなあ。」
[PR]

by hirai_tom | 2010-02-14 18:40

<< 4-6 4-4 >>