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2010年 01月 25日

その後の桃青は一段と句に磨きがかかって行った。物を見る目に変化が生じてきていたのである。彼等に共通するものは“潜む者”が掴み得る習性であった。彼等は、じっと息を殺して潜む生活の中に“音”を捉えていたのである。
 いまひとつ、桃青が彼等の絵皿から得たものは、余白の持つ不可思議な美しさにあった。初めて、そうした皿に触れたとき、それは、白磁の素地の美しさを効果的に現わす手法であり、水墨画の影響かとも見たのだが、如何にもそれだけでは無さそうであった。木々の間から捉える空間の持つ不思議な広がり。水溜りかそれとも雪渓なのか、その不確かな空間に位置する凛とした鳥。それらは、彼等が求める神・仏の世の表現でもあった。
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※画像上は田村権左右衛門が制作に携わったと推測される古九谷。今日のアートではシュールリアリズムに位置する作品だ。下の絵皿も同様に鳥をモチーフとしながら、その位置取りが非常に面白い。
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by hirai_tom | 2010-01-25 18:37

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