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2010年 01月 11日

「ほれ、北陸の珍味じゃ、一献、一献。」
 江戸滞在中の才次郎はほとんど毎日やって来る。
 才次郎の語る加賀国は、桃青の心を掻き立てるものがあった。古代から“越”と呼ばれた彼の地は、自然の要塞が独自の文化圏を造り、手が届きそうで届かない場所として、都と一線を画していた。
前田家が加賀を中心に描いた文化は、奥州平泉の藤原三代の栄華であったのかも知れない。自分も又、西行の奥州巡国と同様、加賀の地に向かうやも知れない。山中湯の奥の地で焼かれているという才次郎たちの南京焼は、山を歩き鉱山を知り尽くしている彼等にとっては朝飯前であったろう。

 「ところで才次郎、主の細工ものは成程無類のものばかりじゃが、こと南京焼にかけては遠くは唐、朝鮮、近くには肥前の港のふるまいと、まだまだ荷の重い事よなあ。」
 「なあ~に、我等が集団はのう、伝説造りの名人じゃて。祥瑞伊藤五郎太夫、瀬戸焼陶祖の加藤四郎左衛門、姫谷焼の市右衛門、木偏を付ければ、それ肥前の柿右衛門じゃて。吾等の祖も、越後から来た市右衛門でのう。後藤才次郎も所変われば品変わるじゃ。」
心持照れるように云う才次郎に唖然とする桃青であった。市、次、四、五とあるが、参は無いが朝鮮陶工の「あの李参平は」と聞きかけてなぜか憚ってしまった。

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by hirai_tom | 2010-01-11 20:51

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