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2009年 12月 28日

鶴屋にいた才次郎が屋根伝いに泉屋の離れに降り立ったのは、子の刻を過ぎていた。月は無く、闇をぬって微かに犬の遠吠えが聞き取れる。
 「桃青」
 「おう」
 と翁は思わず声を発していた。それは十余年ぶりに聞く、まぎれもない才次郎の声であった。懐かしさのあまり思わず発した自分の声の大きさを照れるように、芭蕉は板戸に手をかけていた。
芭蕉と才次郎との出会いは随分古いものであった。二人の出会いは北村季吟の句会に始まっている。
 当時、伊賀上野にいた芭蕉(当時宗房)は主君藤堂新七郎良忠(号蝉吟)を失い、前途の定まらぬ悶々とした日々を送っていた。そうした中で、京の季吟の許へ再び通う宗房の姿が見られるようになっていた。失意の中に俳諧の道を模索していたのである。
 才次郎もまた、故あって北陸の地からはるばる京を訪れていた。京での季吟門下、以春を中心とする仲間との交友や、貞門俳人との交流の中に、二人の運命的な出会いが生じていた。二人に共通する感性は、洗練された京文化の中でよりいっそう磨かれ、世人の追従を許さぬ世界観を造りつつあつた。その後、宗房は藤堂藩の密命を帯び、江戸に下ることになる。
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by hirai_tom | 2009-12-28 23:40

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