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2009年 12月 21日

 三方の山々が雑木林の台地を囲み、一筋の街道が、その山間の台地に小奇麗に伸びている。なだらかな林の茂みを、チヨッ、チヨッと、ミソサザイであろうか、鳴き渡る声が、周囲に心地よく響いている。
 「この様なのどかな処で泉屋の若亭主は、どのような句を作られるのかな。
 北枝は、しばらく閉じていた眼をあけると、
 「ああ、良い句が御座いました。」
   凧切れて白根が岳をいくえかな
   山人の昼寝をしばれ蔦かつら
 「まだまだ御座いますが。」
 「いやいや、楽しみは後ほどにいたしましょう。蔦かつら。これは早く逢いたい御人じゃ」
 芭蕉は、”山人”の句が気になっているようであった。
 山中湯は、奈良に都がある頃に僧行基が紫雲たなびく湧き湯を見つけ、後、一時途絶えていたものを、能登穴水の領主であった長谷部氏が鎌倉期に再興し、家来衆を住まわせ温泉を管理させたのだという。
 やがて“これより山中湯”と云う木戸門に近づく。雑木林は整然と畑地に転化され,湧水が水路を造っている。木戸の門番は町衆の持ち回りだという。
 門をくぐり抜け、畑に点在するいくつかの納屋を過ぎると、土蔵を構える屋敷が数件続き、街並みとなる。前方の火の見櫓越しに寺院の甍が見え、手前の路を右に折れると、左右に整然と旅籠が並んでいる。正面の大きな敷地には、どっしり構えた湯元と思しき甍、それを取り囲むように商家と旅籠が軒を競っている。
 泉屋は湯元のすぐ目の前にあった。格子構えの大きな旅籠である。
 「お師匠様で御座いますか、亭主の久米之助で御座います。今か今かとお待ち申しておりました。さぞやお疲れの事に御座いましょう。」
 温厚な若者は、いくらか緊張した面持ちで翁ら一行を出迎えた。湯質によるものか、目を引く色白さに、翁は狼狽を覚えていた。
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by hirai_tom | 2009-12-21 14:36

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