古九谷余滴    ⑨―②  「私の古九谷」   

2012年 09月 11日

        古九谷余滴   ⑨―②      私の「古九谷」

 造形美に対する感じ方は個々人みな異なっています。しかし、例えば山に登ることによって感じる自然の美しさ、或は、海辺で昇り降りする太陽に感動する。これらは、人間に共通するものです。私達の美意識はこうした経験によって形成されるのですが、この最上のものである自然美は、正に、神の造ったものであり、ここに、人間の創造美への挑戦は、神への挑戦の歴史となって形造られてい行くことになります。
 中国人はそれを陶磁器に求めました。青磁・白磁の素晴らしさは、世界を魅惑します。そして、朝鮮を経て日本に渡ってきたそれらの陶器は、室町から安土・桃山の風土の中で独自の文化を生み出します。それは、茶道の確立にも影響を与えます。秀吉の朝鮮出兵は、結果として”焼物戦争”という指摘もあります。
 こうした土壌の上に、景徳鎮の磁器が上陸します。ここに、東インド会社を通じて「伊万里」が華々しくデビューすることになります。しかし、これはあくまでも景徳鎮のコピイーであり、中国の不安定な政情が「伊万里」を檜舞台にのし上げたに過ぎません。日本の陶磁器の確立には、当時の文化の中心である京文化圏の媒介が必要となります。コピイーによる量産志向の「伊万里」は、あくまでもアルチザン(職人芸)の域を出ないものであり、偉大なアーチストの萌芽は京文化を経て初めて出現することになります。 

by hirai_tom | 2012-09-11 10:27

<<  「古九谷」余滴  ⑨―③  ... 古九谷余滴   ⑨ >>