10-19   

2010年 06月 10日

    古九谷余滴           ④-④

 ≪大衆と茶道≫
高橋  今日は私は全く聞き役ですが、最後に茶道について・・・・・
魯山人 近頃は誰でも茶をやるが、これは必ずしも茶道の隆盛を語るものではない、茶は名器を用いるところに値があるので、そうでなければコーヒーを飲んだりするのと一緒だ、一杯の茶が名器に入れられると飲み物でなく一種の芸術になる、だから財力にも恵まれ茶の素質のある人がそれをやればよい、
高橋  ひどく貴族的ですね
 ≪貴族的芸術論≫
魯山人 いや、芸術はそういうものですよ、特に茶などは、もともと貴族的なものなので、これを一般大衆に開放すると云ったって滑稽な事になる
高橋  しかし、人間誰でも芸術美を享受する権利はあります
魯山人 享受する才能がある人は、どんどん享受すればよい、私の云うのは金持ちだけに茶をやらせると云うのではなく、一つにはその感覚のある人ですよ、位人臣を極めたって芸術を判らぬ人間が多すぎるんだから
高橋  芸術は大衆から離れたものと云うのは如何も・・・・・
魯山人 そうじゃないですか、高い芸術は必ず一部の人たちによって拓かれ、進められている、その底辺で大衆と触れるかもしれぬが、ほんとうにすぐれたところは、やっぱり専門的となり、その味わいは限られてくる、芸術はそんなものでしょう
高橋  いや、なかなか強硬ですね
魯山人 私は当たり前のことを云っているだけだ(笑声)



 
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by hirai_tom | 2010-06-10 19:30

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