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10-2   

2010年 05月 06日

「田村様、否、後藤様と御呼びされた方がよろしいのか、この“やまなかや”の句に関しては、少々、含みが。」
「御師匠は、その土地々々で先ず“頌”としての句を詠まれますが、“やまなかや菊はたをらじゆのにほひ“は正に、打ってつけの句に御座いましょう。」
「はい、左様に解されてよろしいかと。彼の桃原が“桃源郷”に入り帰るべき舟を失った様に私の気持ちも其のようです。この山中湯にこうしておりますと湯の匂いが一面に漂い、香り高い菊を手折る必要もないでしょう。何せ、菊には延命の効が有ると云われておりますから、何とも此の地を離れ難い心境です。」
「“菊慈童”の故事に御座いますな。」
「左様、去れど後藤家の方々には特別の句に仕立ててあります。曽良には伏せてはいたのだが奥山中での“九谷やき”の事は、『藍の中皿』と共に大よその事は知らされておる。」
「左様で御座いましたか。師匠もお人が悪い。」
「嫌々、左様ではないのだ。後藤家を疑うものではないのだが、念には念を入れてとの事。」
「さて、特別の仕立てとは如何様な」

 菊慈童は周の穆王の侍童であったが、罪を得て流され、王より賜った法華経を菊の下葉に写しておいたが、露で流れて霊水となり、それを飲んで長寿を得、七百年後の魏の文帝の時代にまで至ったと謂われている。

by hirai_tom | 2010-05-06 23:25

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