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2010年 04月 03日

「さて、その顕乗作と言われておる三所物の“小柄”の彫り物のことじゃが、これも不思議な図柄でな、武士が鵺を押さえておる。然れど、この武士の顔はときたら、まるで鷲じゃて。これは鷲鳥図とも云える。」
「左様な代物か。何故に左様な様が思い浮かぶのか吾等には思いもよらぬが、父君は主が云うように尋常ではないのう。やはり奇才じゃな」
「南京焼“鷲図”の方は寧ろ此の“小柄”とは、まるで逆でな」
「逆とな、お主、今度は、鷲が人をでも押さえておるのか」
「其処の所は、洒落ではないがワシにも解せぬ。成程、山楽の“鷲鳥図屏風”同様に鷲が猿を押さえてはおるのだが、この鷲がまるで人じゃ。」
「さすれば、山男が山猿を退治しておると云う処かな。」
「何とも解らんが、不可思議なものじゃ。この鷲は如何も伴天連じゃて。鼻は高く、羽根はと云えば、まるでバテレン服の様じゃ」
「さすれば、お主。猿は太閤殿下やも知れぬ。それ、“キリシタン信者”を弾圧したからのう」
「この絵皿には山楽の絵ような繊細な描写はないのだが、実に、さらりと猛禽画を描いておる。そのくせ、何とも云えん迫力で迫って来る。」
「擬人化された猛禽画とはなあ。その上に山楽以上の追力があるとは、これは正に“鬼才”と云う外ないだろう。是非にも拝見したいものじゃが」
曽良は“鬼才“の何たるかに触れる事で、師匠の芭蕉が得たと云う後藤の皿の何たるかに近づきたかった。
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by hirai_tom | 2010-04-03 01:10

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