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2010年 03月 29日

「父は随分と此の地が好きだったようで、猿や兎、それらを捕らえる鷲や鷹、奴等の目線で造化を捉えるのだと、何時もの口癖でのう。」
「成程、此の地ならば、猛禽類を描くに事絶たぬな」
「クマタカやイヌワシは森の奥の赤松を特に好んで巣を造る。」
「後藤の本領発揮と云う処かな。三所物の彫金ではそなた達の右に出る物はおらぬからなあ」
「三所物と云えば、顕乗作の小柄の中に“鵺退治図”の傑作がある。鵺を押さえこむ武士が彫られておるのじゃが、この武士の図が擬人化された鷲でな、父の奇才ぶりが窺われる傑作だが、本人は如何にも気に入らなかったらしい。猛禽図と云えば、京狩野派の山楽が描いた“鷲鳥図屏風”(西本願寺)と“松鷹図襖”(大覚寺)が如何しても頭から離れない。」
豊臣家・本願寺に近い関係であった山楽には、徳川家お抱えの狩野探幽等を見下す様が各所でみられた。狩野家と姻戚関係にあり、一向宗と対決の家歴のある顕乗にとっては、山楽を如何に越えるかが課題であった。南京焼の技法を得る事は、利常公にとっても後藤家にとっても必要な事であった。
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 後藤宗家七代顕乗(1586~1663)作、鵺退治図小柄。長さ 9・6㎝。寛永一三年(1636)造。根津美術館所蔵。
 三所物  刀の鞘の装飾品(目貫・笄・小柄)に同様の文様をそろえた具。
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by hirai_tom | 2010-03-29 09:18

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