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7-1   

2010年 03月 17日

七月二十九日(陽暦九月十二日)
           快晴。道明ヶ淵予不在

                  一
        曽良、権十良と再び奥山へ
昨夜からの雨で大日川は水かさを増し、靄が川面をすっぽりと覆い隠している。
「さあ、次は此方の岩ですよ」
 権十良の声と姿が同時に目の前から消えてゆく。谷間を覆う朝霧が一瞬、瀬音を吸い込むように断ち切る瞬間、その闇に向かって曽良はひっしに跡を追う。
「薬草探しの身ゆえ、ちと、手加減なさりませんと」
「病み上がりの河合様にはちと、きつう御座いましたかなあ」
「瀬音に騙され腰まで水に浸かりましたわい」
「左様で、昨夜の雨ですっかり川筋が変わり申した。拙者もこの通りです。」
「しかし、この大気のすがすがしさは格別ですなあ。」
「それを生み出すわ、お山の恵み。此処では鳥も魚も生き生きしておる。」
九谷の里からは、もはや一里ばかりは遡ったであろうか、川面の靄はいつの間にか姿を消し、水滴を含んだ緑の木々がキラキラと輝いている。小笹を踏み分け、谷に沿うように進み、再び谷に入る。左方に黄樹が広がり始め、前方から瀬音と共に、瀬音をかき消す響音が谷間一面に轟き渡る。

by hirai_tom | 2010-03-17 12:12

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