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2010年 03月 08日

「左様に申し出られては致し方御座いませんな。御存じのように当加賀の地は、文化面に於いては京・江戸に負けぬという自負が御座いましてな、利常公は格別にその思いが強かったと聞いております。長崎には常時、御買手を派遣させ、韓・天竺・伴天連と目を開いて居られました。当時は、明朝から清朝へと移る内乱期で、景徳鎮から多くの陶磁器の技術者が我が国にも流れ込んでいたようです。特に九州は地の利から朝鮮からの渡来人も多く、焼き物の技術は進んでおり、そうした情報が入ってまいります。利常公は景徳鎮にも負けないものをと考えておられました。そこで、当然の様に我が後藤家に白羽の矢が、と云う事で御座いました。」
 「御父上もさぞ御苦労なされた事でしょう。一子相伝故、妻子を得て秘伝を。後、妻子を捨て帰藩された。との話がまことしやかに流れておりますが。」
 「先ず先ずの処ですかな。大事には皆、裏が御座いますから。いずれにしても、利常公が成される事ですから、念には念を入れての大仕掛けで御座います。先ず、朝鮮通の叔父権之佐が九州に送られました。その後、情報に従って父が送られます。父は、歴代後藤家切っての鬼才で御座いました。所で、当後藤家はちと厄介で御座いましてな、父は、京では顕乗、金沢では吉次、大聖寺では弥三右衛門と使い分けをしておりました。」
 「お主。まさか、肥前ではあの柿右衛門とは言わせんぞ。」
 
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by hirai_tom | 2010-03-08 19:56

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