4-8   

2010年 02月 20日

「我らが九谷での南京焼もそこらからが受難の始まりでな。利治公が死去された折、吾が再従弟の才次郎定次が御門前に駆け付けたのだが、体面は許されなかったと聞いております。内輪でしか始末出来ぬ仔細があったやもしれませぬ。」
「成程、中々意味深き話だが、何れも今は昔の事柄、我らが詮索も大事には至らぬだろうぞ。」
「さあて、奥山とはいえ空が白図んで参りましたわい。河合様、この奥はまた後日と云うことで、ここらで退散を決め込みましょう。」
「この刻故、出来れば村人には出会わぬほうが得策なのだが、あの山手に見える社がちと気になってな。社を最後と致そうかと。」
「その間に、拙者は貴殿たちの薬草を取り繕っておきましょう。」
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by hirai_tom | 2010-02-20 00:20

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