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9-5   

2010年 04月 29日

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「さあ~て、どの様に為されたかな道明様は。」
 「ある時、岩塊に坐した道明は持ち歩く笛を出し、月空に向かって何時もの調べを奏で始めた。」
 「成程、正に“幽玄“の観ですな。」
 「何時しか、二人は道明の笛の音に導かれるように側近くにまできていた。」
 「中々の御人ですな」
 「はい、そこで道明は若者に、このところの一揆騒動は蓮如様の本意では無い事。戦から得るものは何も無いと諭し、仏の道を説いた。」
 「さあて、若者はどの様に出ましたかな」
 「はい、戦に明け暮れていた若者には思う処が有ったのか、やがて、御薬師様に通う姿が見られるようになっていた。」
 「道明様の思いが届きましたか」
 「はい、其れだけでは済みませんでした。法円様の御推挙で、高野の御山に登られました。」
 
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by hirai_tom | 2010-04-29 00:25

9-4   

2010年 04月 27日

十五尺余の瀧を背に桃妖は物語り始めた。
 「道明には“さくら”と云う年頃の娘がおりました。何時もの様に滝壷に向かい洗い物をしておりましたが、何気なく瀧を見上げると、瀧の上に裸体の若者が突っ立っている。娘にはその若者が龍の化身におもわれた。娘は慌てるように家路を急いだ。しかし、年頃の生娘故に若者の姿が脳裏から離れない。いつしか、娘は何時もの仲間から遅れがちに洗い物をするようになっていた。」
 「如何云う若者であったのかな」
 「此の上の谷の“しる谷”の者でしたが、実は、この村の大半は蓮如様の門徒で御座います。越前での戦いで華々しく戦った連中です。中でも、この若者は中々の悪党で“一揆”の仲間からも一目置かれておりました。」
 「さすれば、その娘。惚れたかな。」
 「はい、道明が心配して跡をつけました。」
 「逢引が見つかったか。」
 「されば、許す外ないであろう。」
 「されど、扇子屋様は代々、御薬師様を護って来られた御家柄。一向宗とは対峙してまいりました。」
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by hirai_tom | 2010-04-27 08:24

9-3   

2010年 04月 25日

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(↑
「さあて、その“道明”なる御人じゃが。」
「はい、先ずは、其方の橋を渡りましてからに」
露出した岩塊を結ぶように三本の丸太が架けられている。覗き込むと、深く澱んだ碧が揺ったりと流れている。
「可なり深い様じゃなあ、この淵は。」翁、橋の中程で流れを覗き込む。
橋を渡ると、岩塊を階段が削っている。十段余り上ると、川筋に沿うように道が付けられていた。十間余り右手上流に向かうと、左方に本流に注ぐように瀧の音。小路に溢れる滝壷からの流れを飛び石が補い道につなげている。幾つかの石の上には、洗い終えた衣類の盛られた竹籠が見られた。浅瀬に興じている娘達の物だろう。
瀧の右脇には不動明王が祀られている。
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by hirai_tom | 2010-04-25 14:06

9-2   

2010年 04月 23日

幅二尺ばかりあろうか、その急坂を半町余り下ると、塊とも云える岩盤が拡がりを見せていた。立ち止った翁の横を「爺さま、危ないよ!」と数人の小童がぶつかる様に駆け下りて行く。岩塊には小童の仲間達の姿が見える。釣り糸を垂れている者・丸太の橋から飛び込む者・白波立つ上流の浅瀬で興じる娘達。
「此の地は正に“桃源郷”じゃな。若旦那に吾が”桃”を与えたは間違いではなかったわ。」
「恐れ入ります。されば、此処も月夜には“幽玄峡”と成ります。」
「其れは面白い。“道明ヶ淵”とは、何か物語り出来そうなところじゃな。」
「はい、扇子屋様の御先祖に“道明”と云う人が居られました。」
「御隣の御宿ですな。さて、道明はお人でしたか」
「はい、実は・・・・」
「如何した。御隣とは何かあるのかな。」
「はい、私事で御座いますが、幼馴染の娘児が許嫁で御座いまして・・」
「是は参りました。なあ、曽良。ここで、恋敵が現れるとはなあ。」
「左様で左様で、是は又、目出度い目出度い。わっはっはあ。これは面白き事よ」
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by hirai_tom | 2010-04-23 18:34

9-1   

2010年 04月 21日

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七月 晦日 (陽暦 九月十三日)
                 快晴。 道明が淵。

  「御師匠。ご亭主、否“桃妖“が参りました。ご一緒に渓谷の案内をと申しております。」
「左様ですか、それではお世話願いましょうか。」
 「小春日和の良い日に御座います。道明ヶ淵は目と鼻の先に御座いますから裏木戸から参りましょう」
 木戸を開けると、黒塀に囲まれた扇子屋の別邸が目に入る。塀越しに白壁の二つの蔵、空間は庭であろう。黒塀に沿って一町計り歩むと、視界が開け、疎らな雑木林と開墾された幾つかの畑の間を縫うように一本の道が茂みに向かって続いている。茂みに近付くにつれ、ジャワジャワジャワジャワと瀬音が近づいて来る。数本の欅の木々の間を縫って茂みに入ると、直ぐ真下に渓谷の岩肌が見え、その岩肌に向かって小道が落ちている。岩間には橋が架けられ、その下には青々とした緑の流れがあった。
「どうじゃな、曽良。」
「絶景ですなあ。さあて、橋までは一二町は御座いますか。」
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by hirai_tom | 2010-04-21 21:09

8-6   

2010年 04月 20日

桃妖も負けじと
「それでは、発句に当たっては、どの様に臨めばよろしいので御座いましょうか」
「左様じゃな。発句は云わば大将と云う処じゃ。左様でなければ巻頭にたらず。脇の句は発句と一体であるから、別に趣向奇語を求めず、唯発句の余情を汲むようにな。さあて、平句じゃが、平句には平句の姿がある。此処は、士卒の働きなくしては役には立つまい。」
「御師匠、納得のいく事ばかりで御座います。至らぬ吾等に御座いますが、教えを肝に銘じ精進致します。」
「どうでしょうか、今夜はこの位と致しましては、御師匠もおつかれにございましょう。」
「左様で御座いますな、随分と今夜は得る事が御座いました。今日の事は大事に書き留めて擱きます。」 北枝は後に「山中問答」として芭蕉の言葉を書き留めている。
「河合様、明日は是非、道明ヶ淵へ」
「左様に致しましょう。」
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by hirai_tom | 2010-04-20 06:19

8-5   

2010年 04月 18日

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(↑
自笑も身を乗り出す。
「伝統の本意も其処にあるのですな。」
「俳諧は和歌と比べると、決まりごとも自由であり俗談平話と云える。しかし、それは俗にして俗にあらず、平話にして平話にあらず。其処には、さび・しほり・細み・しほらしき、のように風雅の道があるであろう。それがなければ俗談平話は只事になってしまう。」
「吾等には、御師匠の様にはとても参りませんが、良い句はどの様に工夫すれば出来るので御座いましょうや。」
「工夫は平生にありじゃな。又、席に臨んでは無分別がよいのだろう。奇をてらって妙句を出そうとせず、愚に遊ぶ事じゃな。」
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by hirai_tom | 2010-04-18 00:13

8-4   

2010年 04月 17日

曽良も、ここぞとばかりに 
「今回、師匠と“同行二人”の旅の中で多くの物を得る事が出来ました。御師匠の求められた俳諧は“奥州”以後、一層、高められたように思われるのですが。」
「是は面白い。さあて、どのあたりにあるのかな。」
「衣川での”夏草や兵どもが夢のあと“そして、中尊寺では“五月雨の降のこしてや光堂”と詠まれておられます。」
「でかしたな、曽良。今回の旅で一つ掴みかけた物がある。人の営みは儚く、変化して往く。しかし、一方で変わらないものがある。私らが求める道は、“不易”の道理を失うことなく、一方で“流行”の変化にも応じていかねばなるまい。その事が、古今の道に通じる事にも成る。」
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by hirai_tom | 2010-04-17 01:25

8-3   

2010年 04月 15日

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(↑
控えていた北枝が身を乗り出してここぞと問いを出した。
 「お師匠様の俳諧が、他の流派(貞門・談林)と違う根本は何処にあるので御座いましょうか」
 「左様ですなあ、私も貞門・談林と歩いて参りましたが、是までの俳諧は狂言綺語としていたと云えましょう。去れど、俳諧は単に遊びではなく、風雅の道を求める所にあるのではと思います。その様に思われませんか。」
 「そうしますと、茶道・歌道・画道などの道と同様のものと考えてよろしいのでしょうか。」
 「左様、利休・雪舟の求めたものと同様かと。私が、こうして旅をする中で“造化“にあそび、人倫の本情に触れる事は、旅に和歌の道を求めた西行法師の本意と同じものであり、その貫道するところは一つでしょう。私どもが求めている正風としての俳諧の道も此の辺りにあろうかと。」
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by hirai_tom | 2010-04-15 08:25

8-2   

2010年 04月 14日

戌の刻  泉屋奥座敷    
                    一芭蕉・曽良・北枝・自笑・久米之助一
 「お師匠、臥せりがちで申し訳ございません。道明ヶ淵周辺、如何で御座いましたか」
 「北枝は何度か参っておるらしいが、此の山中の地は良き湯に恵まれているだけでなく、景勝の地をも抱えてもおるわ。お主も是非、散策するがよい。」
 「明日もお日柄がよろしいかと、お師匠様と是非ともお出掛けなさいませ。」
 「左様に致しましょうか」
 「さて、本日は誠に有難う御座いました。久米之助もさぞご機嫌かと」
 「はい、お師匠様から俳号を賜り天にも昇る心地に御座います。」
 「左様でありましたか、其れはよろしゅう御座いました。お師匠、号は何と。」
 「吾が“桃青”の一字を分け、“桃妖”とな。」
 「久米之助様、是は、余程の事に御座います。お師匠が“桃”の号を分け与えなさるのは、殆んど、御身内に限られて御座います。」
 「左様、久米之助否、“桃妖”此れからは、今一度気を引き締め、心して当たらねば成らぬわ。」
 「はい、左様に心得て御座います。」
 「何々、左様に気を使わなくともよいのじゃ。お手前の素直な心根に惚れてな『詩経』の周南に“桃之夭々 其葉蓁々”と在る。お主には“妖々”の方が似つかわしく思えてな。
  “桃の木の其葉ちらすな秋の風” 何時までも妖々蓁々たれよな。」
 「はい、此れからも一層精進し、俳諧の道に邁進致します。」
 
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by hirai_tom | 2010-04-14 00:10