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2009年 12月 15日

山背郷を過ぎ、なだらかな雑木林を黙々と進む、小径が時折二手に折れ、それらが茂みの中に消えていく。雑木林の向こうには小さな山並みが、さざ波のように横たわっていた。
一時ばかり歩いたであろうか、一瞬のそよ風がせせらぎの瀬音をかすかに運んだようだった。「大日山を源に、山中湯、大聖寺城下へと注ぐこの渓谷は、今の時節は浅瀬が多くなります。山沿いで山中湯の道もあるのですが、ここはひとつ、谷沿いの道をとりましょう。」
 先に立って歩いていた北枝は、云うが早いか自慢の大杖をヒヨイと担ぐと、一気に駈け出していた。下りにかかった小径の向こうには、木々の間から川面が姿を見せ始めている。突然、北枝の消えたキララと光るところに水しぶきが上がった。
 「北枝は山中湯がよほど恋しいと見えますなあ。」
 翁の顔を覗き込むように、二ヤリと曽良は笑った。
 浅瀬を渡り、どれくらい歩き続けたであろうか。いくつかの小さな集落のたたずまいが、浅い灌木の間から何度か見え隠れし、それらの集落を仕切るように小さな谷の流れが渓谷に流れ注いでいる。谷川に架かるいくつかの丸木橋を渡ると、黄金の波打つ村落に出た。谷沿いに登るように進み丸木橋を渡ると、小さな山波はいつの間にか姿を消し、山々の茂みが急にせり出してくる。
「さあ、一山越えとますとすぐに山中湯ですぞ」北枝の声は一段と大きかった。 
迫出した木々の茂みを分け入るように一行は山路を登り始めた。はさがけの準備が進む段々の畔道が、下方に消えていく。 
坂道を登りきると、なだらかな対岸の山並みが、木々の茂みの間から見え隠れする。下方に岩場が見える。北枝の脚が一段と早まったようだ。岩場に立ち、振り返る姿に促されるように翁等は、転がるように岩場に向かうと突然、渓谷の瀬音と共に、松の緑が稜線として浮かび上がった。
 「どうです。一汗の後の絶景は。あの松山の頂から見下ろす山並みの中の山中湯は、正に絶景なんですが。やはり、山沿いの道を取るべきでしたかな。」
 北枝の自慢げな高笑いが緑の稜線に木霊していった。
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by hirai_tom | 2009-12-15 13:58

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