古九谷余滴  ⑥ー③   「古九谷」は誰が造ったか   

2012年 03月 01日

 『後藤家十七代の刀装具』に記載の本家系図に符合する、加賀で名を残す関係者(*)です。
 後藤家は、初代祐乗・二代宗乗・三代乗真と続き、四代光乗の時代に入ります。
 四代光乗・四郎兵衛(1529~1620)―五代徳乗・四郎兵衛(1550~1631)―
     足利・織田・豊臣と使える。        1581年信長の命で大判役・
     1581年信長の命で大判・        分銅役
    分銅を製作。                  1588年秀吉の命で祐徳と
 元乗光嗣(三代乗真の二男)           天正菱大判製作。
     妻・信長の娘                (*)金屋彦四郎・三世「宗古」       
 祐徳(菱後藤祖・五代徳乗の岳父)         浅野屋次郎兵衛(1638年没)    
     大阪にて、天正菱大判製作。          1615年銀座役
   (*)金屋彦四郎・二世「吉高」          後藤次郎兵衛 
 妙清(狩野元信室)                     人持組 千二百石
                           長乗・七兵衛(1561~1616)―
                              上後藤祖・七郎兵衛
                              脇後藤・勘兵衛家祖
                              1603年家康に一時仕える。
                              (*)市右衛門(後藤才次郎の祖は
                               越後の市右衛門と伝える。)                      『石川県史』に”浅野屋次郎兵衛は同家三世にして、法号を宗古といひしものとし、金屋彦四郎は第四世 吉恵にして、後藤才次郎は初代吉定なり。”とあります。次に、徳乗の流れを見てみます。
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by hirai_tom | 2012-03-01 02:54

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