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2010年 04月 07日

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乳白手の初期柿右衛門を彷彿させる「古九谷色絵鷲猿図平皿」と、金工後藤家宗家七代顕乗1586~1663年(加賀では弥三右衛門吉次とも1584~1665年)作「鵺退治図・小柄」は共通の感性を持った作品です。目を丸くさせ、手足をばたつかせる“猿と鵺”。鋭い眼光、高い鼻筋、擬人化された“鷲・武士“。こうした非現実的表現は現代のシュ~ルレアリスムにみられるものであり、同時期にこうした感性を持つア~チストは二人とはいなく、同一人物の作と考えられます。 
つまり、後藤弥三衛門吉次は、三代利常公の放った隠密であり、十年の歳を偽って酒井田円西の娘婿になり一子相伝の秘伝を得ます(後、妻子を捨て帰藩の伝承あり)。当然、スポンサ一は利常であり、肥前で最初にできた色絵磁器は加賀藩が買い上げています(喜三右衛門「覚」にあり)。酒井田家は、代々キリシタン大名のもとを転々としています。又、彼らに染付白磁の技術を伝えた高原五郎七もキリシタン容疑で肥前を出卉しています。
 帰藩した初代酒井田柿右衛門(始め、喜三右衛門。後、加喜右衛門1596~1666)=後藤顕乗=後藤弥三右衛門吉次は、田村権左右衛門として九谷に入り築窯します。
さて、初代柿右衛門達が肥前を去ると、今度は女性たちの出番となり、赤を基調とした繊細な今日の「柿右衛門」が生まれます。
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by hirai_tom | 2010-04-07 21:16 | 余話

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